半導体製品の設計プロセスにアジャイルを導入
しました。
プロジェクト管理、文書管理には
JiraとAlfrescoを使っています。
キオクシア株式会社
キオクシア株式会社 IT推進担当 グループ長 藤田洋士氏(中央)、主務 小池裕介氏(左)、森本彩起子氏(右)にJira Software、Alfresco Content Services を導入した経緯とその効果について詳しく聞きました。
キオクシアは世界トップクラスの半導体企業です。主力商品はフラッシュメモリとSSD。年商12,639億円、従業員数約12,000名(2018年度)
(※ この事例に記述した数字・事実はすべて、事例取材当時に発表されていた事実に基づきます。数字の一部は概数、およその数で記述しています)
キオクシアでは現在、「半導体製品の回路設計プロセスに、アジャイル手法を取り込む」という活動を推進しています。Jira、Alfrescoはそのためのツールとして導入しました。
両ツールとも、設計関連の技術者が毎日活用する、「いつも使いのツール」となっており、回路設計部門内で非常に好評です。
アジャイル推進活動は、当初、IT部門と回路設計部門の有志だけで、小さく始めました。その小さく始めた実際の設計での成功事例を契機に、アジャイルは部門内に展開しています。
従来、回路設計部門ではウォーターフォール(V字開発モデル)でプロジェクトを管理していました。しかし上記事例を通じて、「半導体製品の設計には『アジャイルと相性が良い部分』がある」となり、今回のJira、Alfrescoの導入に到った次第です。
(今回導入したソフトウェア)
ソフトウェア名称 | 概要 |
---|---|
Jira Software | アジャイル手法の世界標準ツール |
Alfresco connector for Jira | JiraとAlfrescoを統合するアドオン |
Alfresco Content Services | 設計書、仕様書を効率よく管理するコンテンツ管理ツール |
推進活動全体からご説明します。
いま便宜上「アジャイル推進」と言っていますが、アジャイルはあくまで設計プロジェクト管理の「補完的手法」であり、設計全体の大きなマイルストンは、これからもウォーターフォールでハイブリッドに管理します。
アジャイルは、より設計現場に近いチームとしてのスケジュールを管理し、小さく速くチーム内を密に回していくイメージです。
半導体メモリ製品は市場投入し価格が高い時期から、価格が落ち着くサイクルが比較的短いため、開発の「スピード」が重要です。もたもたしていると製品投入で競合に先を越され、最も利益が取れる高値時期を逸します。しかしスピードを重視した結果、中途半端な性能で出荷しても、 競合と勝負できません。
ソフトウェアのスタートアップならば「スピード重視」の視点で、製品を早期投入し、出荷後にオンラインアップデートやパッチで改善することも可能です。しかしハードウェアである半導体で、それは必ずしもできません。弊社では年間膨大なメモリ容量の半導体を出荷しています。 市場に出るハードウェアとしての品質は、出荷前に確保していく必要があります。
競争は激化し、設計内容は複雑化し、開発期間は短くなり、それでも良い物を早く出したい。さもないと時機を逸して利益が出せない。我が事ながら大変な業界だと思います(笑)
ご存知の通り、半導体開発では製品開発全体の管理はウォーターフォールが基本方式です。ウォーターフォールは、まずプロジェクトの範囲や成果物を定義したスコープと納期を決め、そこから逆算して緻密に工程を作り、管理、実行します。一方、アジャイルでは、 ウォーターフォールのように最初に決めたことをやりきる管理は向いていません。よって、ウォーターフォールが基本方式ということは、これからも変わらないでしょう。
ただし、ウォーターフォールには弱点も感じていました。
大きくは「開発期間中の前提変化に対応しにくい」「小回りがきかない」「自主性が削がれやすい」という3点です。これらの弱点は、ひっくり返せばそのまま「アジャイルを推進すべき理由」でもあります。
半導体業界では新製品を短いサイクルで設計します。技術が日進月歩で進んでいるため、開発期間中に新技術が登場することや、競合が予想外の動きを見せることも珍しくありません。
ところがウォーターフォールは、基本的に「最初に立てた計画を粛々と実行する」という方式なので、計画実行中に起きた変化には、本質的に対応しづらいといえます。しかしアジャイルなら機敏な対応が可能です。
回路設計はソフトウェアのようにデジタルな側面と、ハードウェアとしてのアナログな側面があります。「論理的な設計は正しいのに、実測で期待値が出ない」ことは日常茶飯事であり、開発作業は、作っては直し、作っては直しの繰り返しになります。この細かい修正の繰り返しは、ウォーターフォールよりむしろアジャイル的な世界に思えます。
全ての工程が緻密に構成されたウォーターフォールの世界は、ある種の「管理開発」です。そこでは「自分の仕事は自分で回す!」という「自主性」が、やや削がれるきらいがあります。
今回のアジャイル導入に際して、設計部門に「アジャイル導入の目的は『生産性の向上』と『設計者の働きやすさ向上』のどちらを定義するか?」と尋ねたところ、設計部門から『働きやすさ向上を目的にする』と回答がありました。
仕事の進め方を「管理者にプロジェクトの進捗をチェックされる」という受け身の状態から「チームの工程はチームで管理する!」という積極姿勢に変えていきたい。本来、技術者は、みなクリエイティブな「作りたがり」「試したがり」です。その積極性、創意工夫の精神を120%開花させること、それこそが今回のアジャイル導入の最大の目的だったかもしれません。
最初にJiraを選定しました。設計関連の技術者が現場で使うツールなので、「サクサク動くこと」「簡単に、直感的に使えること」、「技術者への負担が少ないこと」からはじまり、プロジェクトではなく、設計者を主体に「複数プロジェクトを一元管理し、プロジェクト単体/横断が柔軟に管理できること」、システムとして「プロジェクト単位での設定変更が容易で独立していること」で選びました。まずはスモールスタート、とにかく試してみようと思いました。Jiraの真価が本当に分かったのは、使い始めてからです。
また、アジャイル開発チームとしてJiraを使うにあたり、機密文書ファイルやサイズの大きなファイルへの取り扱いに課題がありました。その課題を解決したのがAlfrescoであり、さらにJiraと統合する機能を持つAlfresco connector for Jiraを弊社の要望に合うように、開発元であるリックソフトには部分的な改良をしていただきました。
使ってみて実感した両ソフトウェアの良さは次の5点です。
Jiraはもともとアジャイル型のソフトウェア開発を意識して作られたプロジェクト管理ツールです。よって、Jiraを使って仕事を進めることで「アジャイル開発らしく」なります。たとえば、Jiraのチケットの見積項目に数字を記入していくことが、アジャイルのストーリーポイントにつながり、記入した数値が各種標準実装されたバーンダウンやベロシティグラフに反映され、アジャイルの運用レポートとして活動にフィードバックできます。その他、バックログ、ベロシティグラフ、スプリント、カンバンなどのアジャイルの概念も、Jiraの機能を通して導入を支援できます。
アジャイルのセミナーや書籍によっては「アジャイル開発のボードでは自由度の高い模造紙やPost-itを使うべき」と聞くことがあります。個人的には「Jiraのボードはアナログな模造紙と近い操作感」という印象があります。
技術者は多忙なので、技術以外の作業に時間を使うことを好みません。使い方の勉強が必要な報告のための管理ソフトウェアの導入は困難です。Jiraは直感的に使えるソフトウェアなうえ、日々の技術者の業務を管理できました。 実際、多くの設計関連の技術者がJiraを上手く使っています。非常に良いインターフェースだと思います。
半導体メモリの開発における技術文書の機密レベルは非常に高いです。Jiraの文書管理機能は、アジャイルらしく「情報をシェアする」情報共有指向のため、我々が求める文書のセキュリティ要件を満たしていませんでした。この点を解決するために「文書管理システムAlfrescoをJiraにシームレスに組み込んだ仕組み」を実現するリックソフトのコネクタを導入しました。
Alfrescoは技術文書のセキュアな管理を実現できる機能を有した文書管理システムです。しかしJiraのタスクと成果物管理が別れていると、業務がスムーズに回りません。この問題を解決するためにリックソフトの『Alfresco connector for Jira』を導入し、Alfrescoをシームレスに「Jiraの一部」としました。
技術者は「Jiraを使って仕事し、完成した文書をJiraに登録すると、会社の求める文書管理ができる」のです。よって、技術者はJiraを通じてAlfrescoを透過的に活用しています。
Jiraは我々IT部門が管理します。そのとき「一括管理できること」が重要です。あるツールは、プロジェクト個別の管理項目を設定するためにインスタンスを分ける必要があり、システム管理がプロジェクトの数だけ必要になります。Jiraは各プロジェクトに対して個別のスキーマを定義できるので、複数のプロジェクトを一つのシステムで統括管理でき、IT部門がシステムを管理しやすいのです。
Jiraは基本的に課題単位で情報を管理するシンプルで自由度の高いツールです。そのためJira導入当初、開発ライフサイクルのウォーターフォール管理は別のプロジェクト管理パッケージを考えていました。しかしAlfrescoを組み合せた自由でセキュアなJiraは、設計関連の技術者から好評なため「ウォーターフォールもJiraで管理していこう」という検討を始めています。
まず小さく始めて、とにかく現場に使ってもらうのが良いのではないでしょうか。人は多くの場合、自分の仕事のやり方を変えることを好みません。いきなりアジャイルを全面導入しても、大きな抵抗があると思います。
しかし良い考え方を、良いツールで実行し、自身にとっての「良さ」を実感したならば、必ず理解されます。実際に弊社では、当初アジャイルに抵抗を示していた設計関連の技術者が、アジャイル導入の活動を通して、今や推進派の中核となった例もあります。技術者は「理に適ったものは認める」「良いものは良いと認める」ようです。そのような意味でも、アジャイルは小さく始め、とにかく使ってもらうべきです。
アジャイルを推進する過程では、様々な課題が浮上するでしょう。しかし、そこはリックソフトを巻き込んで解決していけばよいと思います。我々の導入プロジェクトでも、リックソフトからは多くのソリューションを提供していただきました。
我々は、引き続き、世界をリードする優れた半導体メモリ製品を開発・製造し続けていきます。Atlassian社、Alfresco社、リックソフト社には、弊社の取り組みを優れた製品、技術、サポートを通じて後方支援いただくことを希望します。今後ともよろしくお願いいたします。